2014年8月10日日曜日

全ては誰かが決めたルールであることを忘れてはいけない

最近すごく考えることは、世の中の大多数の人間は誰かが決めたことに沿って生きていて、価値観も自分の親や身近にいる周りの人(例えば会社の同僚や上司、学生時代の友人等)によってのみ形成されているだけである。

しかも日本は不運にも、島国という物理的な要因や同一民族社会そして、日本語とその傾向が強くなりやすい場所ということは言うまでもない。それが故に、人と少し異なったことを発言したり行動したりすると社会不適合者のような存在にもなってしまうこともある。

ちょっとぶっ飛んだことを言うと、
例えば神が存在する、UFOや宇宙人を信じる、大企業に勤めることが成功、起業の方がサラリーマンよりもいい等々、挙げればきりがないのだが、どれも正解はないのだと最近考える。それでも僕たちは、何かその価値観が正しいと信じて生きていくしかないのだが、(その価値観を形成して生きたほうが生きやすいというのもある気がする)最も重要なことは、「一旦全てを受け入れてできる限り客観的に見てみる、経験してみる。そして完全に頭ごなしに否定しない」ということである種の固定観念を崩して面白い生き方ができるのではないかと思う。いい意味でもっと物事を疑ってかかっていくということなのかもしれない。

コペルニクスの地動説なんかは頻繁に使われる例えであるが、所詮現在常識で考えられていることが、もしかしたら50年後には全く別の見方で捉えられている可能性も十二分にある。極端な話し、もしかしたら「毎日の運動は実は健康面にはそこまで大きな影響は与えない」なんてこともあり得るのである。













まあこんなことを言うと全てがそうなってしまうので、要はもっと自分のこと、社会のこと、経済のことを客観視する癖を強化していきたいと益々考えている次第である。

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